体温計が壊れた?|発症前の予兆と倦怠感
私がSLEを発症したのは2019年3月、新卒で入社して1年が経とうとしている頃でした。
1月頃から成果発表会に向けて業務と準備に追われ、がむしゃらに駆け抜けていた時期のことです。

2月に入った頃から、
寝起きに強い倦怠感を感じるようになりました。
熱を測ると37度前後の微熱が続いています。
しかし、それまで大きな病気をしたことがなかった私は、「自分の体が病んでいる」とは夢にも思わず…
間抜けなことに「体温計が壊れたんだ」と本気で勘違いしていました。
今思えば、元気が取り柄という自負が、体からのSOSを無視させていたのだと思います。
気力だけで出社を続ける毎日でした。
むくみと血圧上昇|ようやく気づいた身体の異変
3月上旬、以前から予定していた親知らずの抜歯を受けました。
数日で引くはずの頬の腫れが引かないどころか、顔全体、特に瞼(まぶた)が腫れ始めたのです。
それは腫れというより「浮腫(むくみ)」でした。
目が半分ほどしか開かないほどです。
さらに足の浮腫みも始まり、駅の階段を上がるのさえやっと。
体重は1週間で2キロも増加しました。
そんな私を見た母(元看護師)が、「血圧を測ってみたら」と実家の血圧計を差し出しました。

測定結果は、血圧140超え。
もともと血圧は低めだったので「これは普通じゃない」とようやく異変を確信し、翌日病院へ向かいました。
病院からの電話|急性腎炎の疑い
日曜だったため、近所の医院へ。
採血などの検査をしましたが、結果が出るまで1週間かかるとのことでした。
その日は膠原病の話は出ず、一旦帰宅しました。

しかし火曜の夕方、病院から一本の電話が。
「血液検査で腎臓に異常が見つかったので、すぐに家族と話を聞きに来てほしい」と。
急遽、母と夫に同伴してもらい説明を受けました。
「恐らく急性腎炎だろう」という診断で、急いで大学病院への紹介状を書いていただきました。
予約日は約2週間後。
その5日後には会社の発表会が控えていました。
医師から出張をストップされたため、最寄りのオフィスからオンラインで参加。
発表は何とか終わりましたが、その日の体温は38度近くあり、座っているのも限界で早退しました。
私、SLEかも|病院へ行く前の予感
翌日から有休を取り、大学病院の予約日まで寝込んでいました。

熱は下がるどころか、指関節の強張り・痛みが出始め、さらに頬には蝶形紅斑が……。
症状をネットで検索すると、
すぐに「SLE(全身性エリテマトーデス)」という病名にたどり着きました。
口腔内潰瘍(口内炎のようなもの)まで見つかり、私はSLEかもしれないという思いはだんだんと強まっていました。
この頃の私のように、SLEかもしれない…と不安になっている方に読んで欲しい記事はこちら。
不安な日々を過ごす中、予約の2日前に軽い息苦しさを感じ、再び近所の医院へ連絡。
すぐに大学病院へ行くよう促されました。
緊急入院|人生初の入院生活が始まる
翌日、タクシーで吐き気をこらえながら大学病院へ向かいました。
尿検査や血液検査をしつつ、救急の先生から、腎臓内科の先生、膠原病内科の先生が次々と来て、身体のいろいろな症状を診ていきました。
かなりの時間、急患のベッドで横になっていた記憶があります。

検査の結果、即座に入院が決まりました。
膠原病内科のベッドが空いておらず、最初は別科の部屋へ。入院当初は高熱と嘔吐で、周りの状況を気に留める余裕もなく、何科の部屋だったのかも記憶はありません。
ただ、その時に看護師さんがかけてくれた、
「もっと早く病院に来てよかったのよ」
という言葉だけは、今でも覚えています。
こうして、人生初の入院生活がスタートしました。
この時はまだ、入院生活が4ヶ月近くも続くとは思いもしていませんでした…
長くなりましたので、今回はここまでにしたいと思います。
次回は、大学病院での入院生活の幕開けと、過酷な検査地獄を経て4つの病名の確定診断が下されるまでの経緯を詳しく綴ります。
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